路上ライブの夜に

酒場物語

銀の鈴を鳴らすような透明感

私はあまり音楽を聴かない。BGMを聞きながら、本を読むこともない。仕事場にはテレビもないので、ほとんど無音状態で過ごしている。もっとも、音楽が嫌いなわけではない。以前、フジコ・ヘミングのコンサートに行った時には、彼女のピアノが深く心にしみた。「ああ、この人は命がけで弾いているんだ」と思ったものである。それ以来、どんな作品もビジネスも、命がけかどうかで価値が決まると思うようになった。

師匠とこんな話になると、「オレの仕事が命がけだったことは、一度もないなあ」と、私は苦笑いに誤魔化してしまう。師匠は師匠で、「オレはいつ女に刺されるかわからないという、決死の思いで生きているだ」と、妙な見栄を張る。ダメな師弟である。

先日のある晩、私は友人と食事をした後、ひとり札幌駅の南口を歩いていた。すると、いい歌声が聞こえてきたのである。若い女性が広場の隅に座って、ギターを弾いている。オリジナルソングらしい。私は女性の声に敏感なところがあって、一瞬で声に惚れてしまう場合がある。この夜がそうだった。銀の鈴を鳴らすような透明感があり、しかも力強い。歌詞も、若さゆえの孤独と痛みを感じさせて、切ない。私が20代でもしシンガーソングライターを目指していたら、きっとこんな歌を歌いたかったのではないか、とさえ思う。

出会いはライブ感覚で

数人がじっと立ったまま聴きほれている。中の一人、50歳くらいの男性が、「ギター、うまいなあ。私もまた始めたくなっちゃうよ」と言っていた。若いころ、きっとバンドをやっていたんだろうな。曲の合間に聞くと、彼女は東京・板橋から遠征してきたという。「私も東京から、単身赴任ですよ」と男性。「田端の生まれです」と私。私は彼女に「うまいかどうかではなく、一番歌いたいことを歌っている曲を聴かせて」とリクエストした。タイトルは覚えていないが、曲からも歌詞からも、心の叫びが伝わってきた。

彼女の名前は「鯨」。ツイッターとインスタのアカウントとともに、そうボードに書いてある。この12月にレコーディングするという。私は「デビューしたら教えて」と言って、なにがしかを黒いギターケースに入れた。単身赴任の男性も。で、歩きだしだのだが、その男性が「一緒にちょっと、いかがですか」と、話しかけてきた。それから1時間ほど、私たちはビアバーで飲んだのである。お互いの人生をかいつまんで話し、笑って別れた。2日後、鯨さんのインスタにメッセージを送ったら、返事が来た。その男性ともメールをやりとりした。私は酔うと、意外にフランクになる。いや、そもそも見知らぬ人との出会いというのは、こんなライブ感覚でするのが一番いい。

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