払わずに帰った若者
先日、ぼんてんで飲んでいたら、女将が「この前話した佐賀県からのお客さんの手紙、出てきたのよね」と語りだした。どんな話かと言うと、今年の春、20代の男性が一人で来て、「北海道らしいものを」と注文したそうだ。こういう注文に、どうやら女将の腕が鳴ったらしい。「あれこれ、海のものを出したわけよ」とのこと。
すると、その客が「こんなにおいしい店は、初めてです。地元に帰ったら、お礼にお酒を贈りますよ」と言ったのだそうだ。で、なんとその客、お金を払わずに帰ったという。女将がその言葉に惚れて「いいわよ」と言ったのか、あるいはその客が「だから、今日はタダにしてください」と言ったのか、そこは忘れたのであるが。
粋なお礼
まあ、ここまで聞けば、「その客、怪しいなあ」と思うのが常人である。私もそう思った。ところがどっこい、やがてお店に日本酒が届いたのである。それも1升瓶が2本。1本は「鍋島」、もう1本は「亀萬」。しかも、どちらも大吟醸クラスで、地元でもめったに手に入らない逸品だった。そういえば私も、この店で、鍋島を飲んだ記憶がよみがえってきた。
彼が送ってきたお酒は、その時の飲み代をはるかに超えるものだったに違いない。そのお酒に添えて、男性の手紙があった。女将が出してきたのは、それだったのである。便箋1枚、横書き、几帳面な性格を思わせる丁寧な字である。「お客さんからのラヴレターだね」と、カウンターのみんながほほ笑んだ。そして、今時こんな律儀な、そして粋なお礼の仕方をする若者がいるんだと、私は疑った自分を恥じた。でも、私が同じことを九州の街でやったとしても、きっと信じてもらえないだろうなあ。
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