タクシーに乗りこんで「実は私たち…」
先日、いつものように師匠とススキノに向かった時のこと。5時前から、まず師匠の仕事場でビール2本、ワイン1本を空け、ふらりと外へ出た。町は黄昏、そろそろ街灯がともり始めている。場所は札幌駅の隣駅、桑園駅の近所だ。この駅の近くには、大規模な市立病院がある。
私たちは2、3分歩いて、タクシーに手を挙げた。乗り込むと、マスクをした実直そうな運転手さんだ。「ススキノまで」と告げて、ふとドライブレコーダーが目に入った。「運転手さん、そのドライブレコーダー、360度写っているんですか」「そうです」「じゃあ、私たちの顔も撮影されているですね」「はい」。
そんなやり取りの後、師匠が言う。「実は私たち、市立病院の4階の精神科から逃げ出して、今からススキノに行くんです」。もちろん、冗談である。しかし、運転手さんはそれっきり無言だ。
そりゃそうだろう。私たち二人の服装は、どう見ても堅気には見えない。しかもまだ6時というのに、すでに酔っ払いだ。そのうえ、直前にドライブレコーダーの確認をしているあたりが、いっそう胡散臭い。運転手さんは、たとえ冗談だとしても、ヤバイ客を乗せたと思ったに違いない。まったく罪深い冗談である。ススキノに着くまでの10分間が、じつに長かった。
いつもの店に入り、この話で大いに盛り上がった。「あの運転手さん、今頃日報に書いているよね、こんな客を乗せたって」とか言いながら。
ある運転手さんの体験談
これには、後日談がある。翌日、私は一人でタクシーに乗った。その時にこの話を運転手さんにしたら、大うけしたのである。彼はこんな体験談を聞かせてくれた。
ススキノで午後8時ころ、50代の男性をお乗せしたんですよ。その方、乗るなり、ぶつぶつ怒ったように独り言を言い始めたんです。私も気になってきて、「お客様、私、何か気に障るようなことを申しましたか」と聞いたら、「いや、いつもの店に行ったら満席で、お気に入りの女の子が席に着かなかったんだ。それで別の店に行ったんだが、どうも面白くないので、帰るんだ」とおっしゃるんです。
ご自宅の前に着いて、「4000円です』と言ったら、「聞いてもらってすっきりしたから」と2万円を渡そうとしてくれたので、「いやいや、受け取れません」と断ったら、「足りないのか。じゃあ、もう1万」と、さらにお札を出してくれたんですよ。
世の中には、いろんな客がいるものである。今度乗ったら、「ジョージの店まで」と言ってみようかな。もちろん、鈴木聖美のこの名曲のパロディです。
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