流政之さんの一周忌

酒場物語
流政之作「サキモリ」(北海道知事公館の中庭)

7月7日は彫刻家・流政之さんの一周忌である。15年ほど前のことだが、私は仕事で何度か流さんにお会いし、お話を伺ったことがある。一度は香川県庵治のアトリエにお邪魔し、落ち着きのある料亭で、過分なるご馳走になったこともあった。流さんは一見こわもてなのだが、清廉な心意気にあふれた方で、多くの人に慕われた。他方、誰に対しても(女性は別かもしれない)決して甘い顔はしないものの、優しい人だったと思う。

当時2カ月に一度、流さんにお会いして話をお聞きすることは、人生の迷路に惑い、どうにもやりきれない心境に陥っていた私にとって、唯一の救いの時間であった。仕事というよりは、修行のつもりでお会いしていたのである。流さんは、いい質問をすればていねいに応えてくれるし、くだらないことを言えば、ピシッと叱って下さった。

今も懐かしく思い出すのは、一連の仕事で最後のインタビュー(実はその後も、さらにお話を聞く機会を得たのだが)となった日のこと。道立近代美術館の喫茶室で、1時間ほどお時間をいただいた。もうこれでお別れという時、私は思い切ってこんなお願いをした。
「仕事の相手に何かをねだるようなことは、これまでしたことがないのですが、先生、こうしてご一緒していただいた記念に、何かいただけないでしょうか」

思い出しても赤面するような、図々しい頼みである。だがこの時、私は必死だった。卒業式の日に、好きだった人から記念のボタンをもらう(古いなあ)、女子中学生のように。すると、先生は仕方がないなあというような顔をしながら、それでもちょっと微笑んで、鞄から1つのペンダントを出してくれた。

「これを差し上げよう。チェーンは安物だから、好みのものに変えるといい」
代表作「サキモリ」をかたどった、真鍮製のペンダントだった。私は「家宝にします」と言って、恭しく拝領した。すると、その時隣にいた編集者が、こう言った。

「先生、これで今日、ススキノで女の子が口説けなくなりましたね」
「しまったあ」と、笑う流先生。心底おかしそうなあの時の笑いを思い出すと、ちょっと幸せな気分にさえなる。それ以来、私は時々そのペンダントを身に着けた。もちろん、今も身近に置いてある。

ところでその後、函館で流先生を囲む大宴会に参加したことがある。その時、先生はサキモリの金色のペンダントを、女将にプレゼントしていた(私は自分がいただいたものの方が、上品だと思っている)。先生は普段から、いくつも鞄の中に用意していたに違いない。

コメント