マンゴーが食べたかった

旅のかけら

北海道のとある海辺の田舎町での出来事である。私は仕事の相棒と、すし屋の二階に一泊した。ネットで調べたところ、その町にはあまり宿泊施設がなく、何軒かのすし屋が民宿を兼ねていた。「面白そうじゃないか」と、私は酒好きの相棒に言い、その店に予約した。 予想にたがわず、夕食は海の幸がてんこ盛り。船盛の造りは豪快のひと言で、二人にとっては多すぎるほどだった。最後はウニとヒラメを同時に口に放り込んだほどである。豚肉のすき焼き(北海道の定番の一つだ)まで出た。その割には、握りが少なかったかなあ。

店主は気のいい親父さんで、「この町も今は人が少なくなったが、昔は大みそかと言えば、三人で握ったもんだよ」と、往時を振り返る。配達、接客を含めて5人も雇っていたのだそうだ。3月も役所や学校関係の人事異動があり、送別会や歓迎会で賑わったとか。 その親父さんが言う。
「この町は漁業だけじゃなくて、米も果物もいいんだよなあ。今はまだ春先だから、地元のものはないのが残念。イチゴ、メロン、スイカも、何でもうまいよ。でも、今日のデザートは、悪いけど輸入物のマンゴーだよ」

それはそれでいいじゃないか。マンゴーなんて、久しく口にしていない。あのとろけるように甘い舌触りが、早くも懐かしくなった。しかし、私たちは目の前の船盛にいい気になって酒を飲み、かなり酔ってしまったのである。最後に親父さんがマンゴーを出すのを忘れてしまっていることに気づかず、そのまま二階へ引き上げてしまったのだ。
翌朝、私たちは朝食を済ませ、店を出た。相棒がハンドルを握る車に乗り込み、しばらくしてから、言ってみた。

「マンゴー、食いたかったよな?」
「ああ、朝ごはんに出してくれると思ったんだけどな」
「うん。親父さん、今朝も忘れちゃったのかな」
私たちはしばらくの間、幻のマンゴーを脳裏に思い浮かべていた。きっと、適度に熟れていて甘く、うっとりするほどジューシーだったに違いない。
逃がしたマンゴーほど、うまそうに思えるものはない。

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