人生はどれだけ与えたか、である

酒場物語

三浦綾子の名言

とある土曜の昼下がり、師匠から電話が入った。
「夕方、事務所に飲みに来ないか」
午後4時半、ビールをぶら下げてお邪魔する。
「今朝、近所のスーパーに行ったら、ワタリガニを売ってたんだよ。それで、鍋でもどうかと」

さっそく熱々の鉄鍋を卓上に。アサリ、エビ、豆腐、油揚げ、きのこ、そしてワタリガニがたっぷり入った辛めの鍋だ。札幌の初夏、涼風が事務所を通り抜け、心地よいことこの上なし。まずはビールでのどを潤し、カニのうまみがたっぷりと詰まった鍋をつつく。
こんな不肖の弟子のために、冷えた日本酒まで用意をしてくれる師匠など、世界中を探しても、ここにしかいない。そう思うと、胸中こみあげてくるものがある。すると、師匠曰く
「先日、新聞で三浦綾子の言葉を読んだんだよ。人生は何を得たかではない。どれだけ与えたかである、と。それでこうして、弟子にご馳走しようと思い立ってね」

さらに続けて曰く 「だけど、女だけは譲れないなあ」
私「そりゃ、釧路のトメは困ります」
師匠「うん、あれは俺が何とかしよう」
すでに酔っ払いの会話になっていた。

酒は岩手の「桜顔」と熊本の「亀万」

酒は岩手の「桜顔 超辛口」。ところがこの酒、飲んでみると、辛くない。というより、とろりとした舌触りでむしろ甘口に感じる。これはこれでうまかったが、ちょっと意外だった。四合瓶一本を二人で飲み切ったあと、以前私が持参した「亀萬 純米限定酒」の残りを一杯ずつ。
亀萬は日本最南端の酒蔵。この酒は熊本は水俣の山奥のさびれた(失礼)温泉地の、小さな酒屋で発見したもの。燗酒大賞の黄色いラベルがかかっていた。

五月の初旬、よく冷やして開けたてをして飲んだ時には(もちろん、この事務所で)、わずかに炭酸と酸味を感じる、すっきりしたいい夏酒だった。ところが、それからひと月を経て、いま残りを飲んでみると、しっかりしてなかなか濃厚である。燗上がりするのもうなずける。もっとも醸造元のホームページでは、この酒がワイン雑誌で有名なヴィノテーク誌でも受賞したとあり、それもまたむべなるかな、と思う。

ほどよく飲んで、さらにススキノへ。帰還したのは午後11時。およそ6時間飲み続け、それぞれ六合飲んだ。師匠、強いのである。泥酔した私は、まだまだ足元にも及ばない。

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