眼鏡をはずそう! Let’s take off glasses !

酒場物語

役者魂とは

とある晩の、ススキノの「勝のやきとり」での話である。常連さんの1組にAさんご夫妻がいる。Aさんはすでにリタイアして、読書三昧の日々らしい。奥さん(A子さんとしておこう)は、舞台女優として札幌で数々の演劇に出ている。勝さんが俳優ゆえ、この店は舞台関係者も多いのだ。で、先日、A子さんの出演する「私 ミープ・ヒースの物語」を見に行った。

アンネ・フランクをかくまったミープ・ヒースという実在した女性が、100歳になって、過去を振り返るという構成である。A子さんはミープに屋敷を貸すユダヤ人女性の役だった。ロングスカートをはき、歩く姿が実に優雅である。そして、よく通る声。2時間という長い芝居の中でも、際立っていた。そんな印象をAさんご夫妻としていたら、A子さん曰く「実は衣装の担当者が、最初に持ってきたスカートがミニだったのよ。調べたら、ユダヤの女性は脚とか鎖骨などの露出をしないのね。だから、自分のスカートにしたの」とおっしゃる。

男冥利に尽きる

師匠が隣で「A子さんはこの芝居のために、レヴィナス(ユダヤ人の哲学者、家族や親族をほとんどナチスに殺された)まで読んだのだから」と言う。「難しくてわからなかったけどね」とA子さんは謙遜して笑ったが、役者魂というのはこういうことを言うのだなと思った。役作りとは、脚本を読み、セリフを覚え、所作を鍛えるだけではないのだろう。そうした表現を支えるものまでつくらなければいけないのだ。

ところでAさんご夫妻は、人もうらやむ美男美女のカップルである。私は最初、Aさんも俳優だと思ったくらいだ。二人のなれそめはというと、若き日、A子さんはAさんと知り合って間もなく、会合で近くに座ったらしい。「その時、Aが何かのきっかけで、眼鏡をはずしたのよね。そうしたら、すごくいい男だったの。それで恋に落ちたのよ」とのことである。当時すでに女優として活動していた美人が、自分から惚れてくれたのである。男冥利に尽きるというものではないか。

勝さんもまたいい男である。12月20日を最後に店をやめてしまうなんて、本当に寂しくなるなあ。

実は私も、少年時代からずっと眼鏡をかけている(コンタクトは体質的に合わない)。数えきれないほど、人前で眼鏡をはずしてきたはずだ。最近は老眼が進んで、いっそうはずす機会が増えた。改めて書くまでもないが、女優に惚れられたことは、一度もない。


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