バーでブコウスキーを

バーで最初の1杯目。エビスビールの黒 酒場物語
バーで最初の1杯目。エビスビールの黒

やり残したことだらけの人生だが

忙しい日が続いたので、少し頭を整理する必要があった。こういう時は一人で飲める店がいい。土曜の夕方、1年ぶりにDに行った。カウンターの端に腰かけると、若いバーテンダーが「ご無沙汰しています」と言う。覚えていてくれたんだな。「久しぶりだね」と私。いつものように、黒ビールを頼む。「うるさい店長は?」と聞くと、「今日はお休み。あれは一生治りませんね」しばらくそんな話をしてから、おもむろに手帳を広げた。先週やり残したこと、今週やり残したことをメモし始めた。私の人生は、やり残したことだらけである。

しばらくして黒人の若い女性が、1つ間をおいて隣に座った。彼女は女性スタッフと顔見知りらしく、何か話をしている。私は1杯目を飲み終わり、彼が「どうします?」と聞いてくれたので、2杯目を頼む。やれやれ、来週もやらなければと天井を見上げ、メモをしまう。その時、偶然彼女と目が合った。「真剣な表情でしたね」と彼女。私は「忙しくて、考えることがたくさん」と私。「仕事は何ですか」「・・・です」「やっぱり、そうだと思った」と彼女が笑う。「あなたは?」「英会話学校の講師」と彼女。「大学に研究に来ているのかと思いました」と私。知的な感じがしたからだ。

「詩人と女たち」

彼女はある会社の社長の通訳として、札幌に来た。その会社が引き揚げた後も、札幌に残っている。「どんな本が好き?」と彼女。「アメリカの作家なら、ポール・オースター。リチャード・パワーズもいいなあ」と私。彼女はどちらも知らないが、すぐにスマホで検索して、「読んでみよう」と言う。「あなたは誰が好き?」と水を向けると、「ブコウスキー」と彼女。「おお、ブコウスキー。町でいちばんの美女だね。私も大好き。最後の作品パルプは最高だった」。彼女は「Women」が一番好きだという。パルプは知らないらしく、これも読みたいと言った。会話はすべて英語と日本語のちゃんぽん。いわばルー大柴的会話だが、本好き同士の話は通じるもの。ましてや、バーでブコウスキーだ。

この会話で知ったことの1つ。ブコウスキーに「Women」という小説があること。日本では「詩人と女たち」というタイトルになっている。この小説、昔読んだような気もするが、入手することにした。30分ほど話した後で、彼女の名前を聞くと、有名な女性歌手と同じWだという。「あの映画で彼女の歌が好きになったよ」と言うと、「ケビン・コスナーのね」と彼女は笑いながら言う。きっとよく言われるからだろう。ちょうどその時、英会話学校の同僚らしき白人男性が入ってきて、彼女の隣に座ったので、私は潮時と席を立った。いつの間にか店に顔を出したうるさい店長が「またよろしく」と見送ってくれた。土曜の夕方のバーも悪くない。

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