点滴生活の余滴(愛は風のようなものだよ)

酒のみの健康術

点滴は左腕に

「右腕にしますか、左腕にしますか」 点滴を打つ時、看護師さんは必ずこう聞く。私はそのたびに、「左でお願いします」と答えた。右手で本を持つためである。先日も書いた(「3日連続の点滴」)が、急性胃腸炎で3日間、点滴生活を送った時のことだ。初日から点滴の予測というか、覚悟があったので、読みかけの文庫本『ワインズバーグ、オハイオ』(シャーウッド・アンダーソン)を持って行った。「愛は風のようなものだよ。真っ暗な夜、木々の下の草を揺らす風さ」などという詩的な名文をじっくり味わった。

もっとも、ベッドに横たわっていると、うとうとしてしまう。はっと目を覚まし、また読み始め、また眠る。そんなことを繰り返すうちに2時間が過ぎ、点滴が2本終わる。その間、何度も看護師さんが様子を見に来てくれる。 ところで、私は人が何を読んでいるか、気になるタイプである。ふと、気づいたのだが、もしかしたら、看護師さんも私の本が気になっているかもしれない。表紙がちょっと英語の原書風で、雰囲気がいい。「どんな内容かはわからなくても、私のことを知的な人間だと思うかもしれない」などと想像して、ひとりでニヤけしまった。もちろん、看護師さんが見ているのは、点滴の減り具合だけである。

4日目には温泉宿でビール

3日目は手元にあった『独立国家のつくりかた』(坂口恭平)という新書を読んだ。これまた、メチャクチャいい本である。中身はこの書評をお読みいただくとして、感心しながら読み進んでいたのだが、その時また、ふと気づいた。この本のタイトル、看護師さんの目にはどう映るだろう? 私が自分で一つの国家を作ろうとしている。あるいはそんな野望を抱いている。かなり危ないヤツだと思われるのではないか。もちろん、そんな心配は全く無用なのだが。こんな、どうでもいいことを考えた点滴生活は3日で終わった。4日目に私は出張に行き、温泉宿でビールを飲み、天ぷらまで食べたのだった。多少、体に堪えたが、久しぶりのビールは喉に染みた。

6日目の土曜日、再び病院に行った私は、またも点滴を受け、血液検査の結果を教えてもらった。女医先生曰く「CRP(炎症マーカー)は1.0にまでなりました。よかったですね。体が辛かったら、また点滴に来てください。それと、アルコールと油ものはもう少しの我慢です」。 さすがに、「一昨日から、もう飲んでいます」とは答えられなかった。

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