カフカについてのかすかな思い出 a little memory of Kafka

旅のかけら

プラハのカフカミュージアム 

最近、カフカの『変身』を読んだという人がいた。それで思い出したのが、2年前に行った中欧旅行。オーストリア、ハンガリー、チェコに行ったのだが、お目当ての一つは、プラハにある「カフカミュージアム」だった。私もカフカ好きなのだ。
とくに長編の『城』は傑作だと感じる。主人公の技師はある村に仕事で呼ばれるのだが、城からの指示は常に曖昧で、その真意に迫ろうとしても、らちが明かない。そのうち、自分は何を求められているのか、誰を信じればいいのか、わからなくなっていく。だが、わかないままにも、生活はしなければならない。周囲の奇異な(と思われる)人々と、何とか折り合いをつけながら。その不条理な息苦しさは、何だか今の日本のようでもある。「データは廃棄した。バックアップはない。たとえあっても、それは公文書ではない」…城では何が行われているのか、わからないのだ。私たちは日本という村で、カフカ的な状況に置かれているのではあるまいか。

話をプラハに戻そう。カフカミュージアムに入ると、入口にもぎりをしている品のいい老女がいた。小柄で、銀髪。私を日本人とみるや、ちょうど1月の始めだったので、「コンニチハ。オメデトウゴザイマス」と愛想よく言う。入館料を払おうとすると、英語で「ここではチケットは売っていない。広場の向かいのミュージアムショップで売っている」と言う。そこで一度、出ようとすると、唇に指をあてて秘密だよといったしぐさで、「待って。あなたがこのパンフレットを買ってくれたら、ただで入っていいよ」と言うではないか。それは英語、日本語、フランス語など、10くらいの言語別にあり、A3サイズが2枚分ほどの大きさ。表裏にカフカの生涯や作品の解説があるが、たいしたものではない。値段は2ユーロくらいだったろうか(チェコの通貨はコルナだが、ユーロが使えた気がする)。

売り子は外国語の挨拶に堪能になった

老女が言うには、入場料は5ユーロだ。もちろん、私はパンフレットを買うことにし、お金を出そうとした。すると、「見てからでいいわよ。最初に二階に行って、それから順路通りに進んでね」と、方向を示してくれた。私の前に韓国人らしいカップルが、妙にソワソワした感じで入っていったのも、この案内嬢の手引きに、少し不安を覚えたからなのだろう。私はじっくりと見て回った。展示は英語とドイツ語で書かれていて、たいして読めなかったが。映像作品もあり、これがまたシュールで素晴らしかった。1時間はいたと思う。そしてもちろん、出口で老嬢からパンフレットを買った。その足で、ミュージアムショップに行ったのだが、やはり入館料は5ユーロだった。売り子の若い女性2人は事務的で、どこかに「あんたたちにカフカの素晴らしさがわかるの?」的な高慢さを発散させ、決して愛想はよくなかった。

チェコのチェスキークルムロフ城。カフカの小説『城』の、私のイメージ。

思うに、彼女はパンフレットの売り子も兼ねているのだろう。時給に加え、売り上げの一部が収入になるのかもしれない。しかし、こんなパンフレット、そう売れるものじゃない。だったら、迷い込んできた不案内な外国人に、入館料代わりにパンフレットを買ってもらおう。で、彼女は生きるために世界の10カ国語くらいの挨拶を覚え、にこやかに微笑み、もしかしたらパンフレットの代金はすべて懐に入れているのかもしれない。ミュージアムショップの事務員たちは、そんなことはつゆ知らず、そもそも入館者が少ないことすら気にも留めない(彼女たちはカフカ文学の使徒であり、わかる人、関心を持つ人が少ないほど特権的になれるのだ)。そして、今日も老女のパンフレットは世界のカフカファンに、静かに、愛想よく売れ続ける…そんなことを想像していると、このミュージアム自体がカフカの「城」だと思えてきたのだった。

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