チョンキンマンションのボスは知っている

最近飲んだ浦霞の夏酒。アテはポテトサラダ、器はうつぎ窯。 本日の一品
最近飲んだ浦霞の夏酒。アテはポテトサラダ、器はうつぎ窯。

今年前半で一番の快著

仕事に追われていると、どうも読書を忘れてしまう。酒を飲むことは忘れないので、「本好きの酒飲み」から「単なる酒飲み」に堕してしまうのである。私としては、せめて前者に踏みとどまって、「いい人も、いい話も、いい本も知っているし、もちろんいい酒も知っている」と、ささやかな抵抗(何に対してかは、自分でもよくわからないが)をしたくなる。それが動機で本を買う。

新聞の書評で知った『チョンキンマンションのボスは知っている』(小川さやか著)は、今年前半で一番の快著だった。タンザニアの路上商人たちを研究している文化人類学者の著者が、香港のタンザニア人たちの生き方を描いたものだ。主人公はカラマという「自称ボス」で、彼の生業はブローカー。香港は中国との交易が容易なので(最近はどうなのだろう?)、本国のタンザニアから様々な商品(車、電化製品、携帯電話など)を仕入れに来る商人のアテンドをしたり、逆にタンザニアから宝石を中国に持ち込む手伝いをしたり。もちろん、自分自身でも交易(正規ではないケースもあるので、輸出入とは一味違う)できる場合は、そうするチャンスもうかがっている。

資本主義の最末端で

香港でこうしたタンザニア人が集まる安ホテルがチョンキンマンションであり、70人くらいいるらしい。女性もおり(多くはセックスワーカーらしい)、その実態もある程度描かれている。彼らの資本やネットワーク、他のアフリカ人との助け合い、そして生き方に迫るノンフィクションとして、一級の面白さなのだ。もちろん、文化人類学の視点に基づく新しい経済学の可能性(たとえば、「ついで」の経済)にも言及している。

この本を読み終えたら、思考が少し自由になった気がした。「何だ、資本主義の最末端にいたって、自由に生きられるじゃないか」という気分になれるのである。私も大きな組織に属しているわけではなく、人脈と機会に従って仕事をし、生計を立てている。コロナ禍でなくなったり、延期になったりした仕事もあるが、それを補う仕事もまた人的ネットワークからいただくチャンスがある。見方を変えれば、チョンキンマンションは都市のどこにも潜在しているのかもしれない。そして私の場合、ボスはもちろん師匠である。

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